朝の光が窓から差し込み、リリアはゆっくりと目を覚ました。見覚えのない天井に、一瞬ここがどこかわからなかったが、薬草の香りが漂う部屋で、ユーリの診療所だと気づく。体には毛布がかけられ、腕の傷には丁寧な包帯が巻かれていた。
「気がついたか」
隣で椅子に座っていたユーリが、安堵の表情を浮かべて声をかけた。彼の目には疲れの色があり、一晩中看病してくれたのだとわかる。
「ユーリさん……私、どうやってここに?」
「夜の森で倒れているお前を見つけて、運んできたんだ。無茶をするなと言っただろう」
ユーリは少し叱るような口調だったが、その手は優しくリリアの額に触れた。リリアはその温もりに、胸が熱くなるのを感じた。
「すみません……ご迷惑をおかけしました」
「迷惑だなんて思ってない。お前が無事でよかった」
ユーリの言葉に、リリアはほっと息をついた。だが、ふと昨夜の出来事が蘇り、不安がよぎる。
「あの男は……追手はどうなりましたか?」
「心配するな。もう大丈夫だ。あの男は森で倒れていたが、お前を襲った後に何かに襲われたらしい。今は村の外れで療養させている」
ユーリはそう言ったが、リリアにはその説明が不自然に思えた。何かに襲われた? あの男は短剣を持っていたのに、そんな簡単に倒れるはずがない。
「本当ですか? それに、なぜ私を襲ったのか……」
リリアが問い詰めようとすると、ユーリは真剣な表情で彼女を見つめた。
「リリア、話したいことがある。お前が落ち着いたら、聞いてほしい」
その声に、リリアは何か重大なことだと直感した。
リリアはベッドの上で体を起こし、ユーリと向き合った。彼の表情はいつもの穏やかなものではなく、どこか緊張しているように見えた。
「話したいことって、何ですか?」
ユーリは少し間を置き、口を開いた。
「実は、俺は元宮廷薬師なんだ」
リリアは驚きのあまり、言葉を失った。宮廷薬師といえば、王都で最高峰の薬師だけがなれる職だ。そんな人物が、なぜこんな辺境の村に?
「どうして……そんな人が、ここに?」
「訳あってな。だが、それよりも重要なのは、お前のことだ」
ユーリはそう言うと、立ち上がり、部屋の隅にある棚から一通の手紙を取り出した。それは古びた封筒で、リリアはその封蝋に見覚えがあった。
「これは……教会の印章?」
「ああ。これは、お前が追放される前に、教会内部で交わされていた手紙だ。そこには、お前が冤罪である証拠が書かれている」
リリアは手紙を受け取り、震える手で開こうとした。しかし、ユーリはそれを制した。
「待ってくれ。今はまだ見せる時じゃない」
「なぜですか? 私が無実だと証明できるなら、見せてください」
「まだ危険だ。この手紙の存在が知られれば、お前の命はさらに狙われる。それに、俺がこの手紙を持っていることも、知られてはならない」
ユーリの言葉に、リリアは唇を噛んだ。彼の言うことはもっともだったが、もどかしさが募る。
「でも、私は……自分の無実を証明したい」
「わかってる。だが、今は耐えてほしい。お前を追放したのは聖女長クラウディアだ。彼女はお前が生きていることを知れば、必ず次の手を打ってくる」
リリアはユーリの言葉を聞きながら、心の中で葛藤していた。彼を信じたい。しかし、これまで何度も人に裏切られてきた。孤児院でも、教会でも、自分を利用するだけ利用して、捨てられた。
「ユーリさんは……私を利用しようとしているんですか?」
リリアの問いに、ユーリは驚いた顔をした。
「なぜそう思うんだ?」
「だって、あなたは元宮廷薬師で、私の冤罪の証拠を持っている。そんな人が、なぜ私なんかを助けるんですか?」
リリアの声は震えていた。ユーリはしばらく黙っていたが、やがて優しい声で言った。
「俺はお前を利用する気はない。ただ、お前が無実だと知っているから、助けたいと思っただけだ」
「でも……」
「リリア、お前はもう一人じゃない。俺がいる」
ユーリの言葉に、リリアの目から涙が溢れた。彼の真剣な眼差しに、信じてもいいのだろうかと思えた。
「私……孤児院で育ったんです。小さい頃から、周りの大人はみんな私を利用するだけでした。教会でも、聖女としての力だけを求められて、私自身を見てくれる人はいませんでした」
リリアは自分の過去を打ち明けた。ユーリは黙って聞いていた。
「だから、人を信じるのが怖いんです。また裏切られるんじゃないかって」
リリアがそう言うと、ユーリはそっと彼女の手を握った。
「俺はお前を裏切らない。約束する」
その言葉に、リリアは涙を拭い、微笑んだ。
「信じます……ユーリさんを」
その瞬間、二人の間に深い信頼が生まれた。ユーリはリリアの手を握り返し、優しく微笑んだ。
リリアがユーリを信じると言った後、二人の間には温かい空気が流れた。ユーリはリリアの手を離し、立ち上がって窓の外を見た。
「ありがとう。信じてくれて」
「こちらこそ、話してくれてありがとうございます」
リリアはベッドに横たわり、天井を見上げた。心が軽くなった気がした。
「そういえば、子供の容態はどうなりましたか?」
「ああ、もう大丈夫だ。お前が採ってきた薬草で、特効薬を作って投与した。今はぐっすり眠っている」
ユーリの言葉に、リリアは安心して息をついた。
「よかった……」
「お前のおかげだ。本当に無茶をする」
ユーリは苦笑しながら、リリアの隣に腰を下ろした。
「でも、もうあんなことはするなよ。危険すぎる」
「はい。すみません」
リリアは素直に謝った。ユーリはそんな彼女を見て、少しだけ呆れたように笑った。
「本当に、お前は……」
ユーリはそう言って、リリアの頭を優しく撫でた。リリアはその手の温もりに、心地よさを感じた。
「ユーリさんは、なぜ私を助けてくれたんですか?」
リリアが改めて尋ねると、ユーリは少し考え込んだ。
「最初は、ただの薬師として、困っている人を助けたかっただけだ。だが、お前と過ごすうちに、もっと知りたいと思うようになった。お前のことを」
ユーリの言葉に、リリアの心臓が高鳴った。
「私のことを?」
「ああ。お前は強い。あんな目に遭っても、決して諦めない。その姿に、俺は惹かれたんだ」
ユーリはそう言って、リリアの目をまっすぐに見つめた。リリアは顔が赤くなるのを感じた。
「ユーリさん……」
「リリア、俺が守る。もう二度と、お前を傷つけさせない」
その言葉に、リリアの目に涙が浮かんだ。今度は悲しみではなく、嬉しさの涙だった。
「ありがとうございます」
リリアはそう言って、ユーリに微笑んだ。ユーリも優しく微笑み返した。
二人の間に、穏やかな時間が流れた。リリアはこの瞬間がずっと続けばいいと思った。
その時、診療所の外で物音がした。ユーリは警戒して窓の外を見たが、誰もいない。
「何だ?」
ユーリはリリアに「ここで待っていろ」と言い、外を確認しに出ようとした。しかし、その前に、村の外れで不審な人影が目撃されたという知らせが届く。
村の外れで不審な人影が目撃され、ユーリはリリアに「しばらく診療所から出るな」と警告する。






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