📖 【追放された聖女、隣国の公爵に買われる ~穢れを祓う力で、幸せな結婚生活を掴みます~】
契約と試練・心の境界線
馬の背で、リリアーナはエリアスの背中に寄りかかったまま、意識を手放していた。鉱山での使い魔との戦いで、彼女の聖女の力は大きく消耗していた。腕に残る噛み跡は鈍く疼き、全身が鉛のように重い。
公爵邸に戻ると、エリアスは彼女を抱き上げ、自室のベッドまで運んだ。使用人たちが慌てて湯や包帯を用意するが、エリアスは「下がれ」と一言で追い払った。
「リリアーナ、聞こえるか」
彼の低い声が耳元で響く。リリアーナはまぶたを開けようとしたが、力が入らない。
「無理をしなくていい。お前は休め」
エリアスの手が、彼女の額に触れた。その手は冷たく、しかし確かな温もりがあった。リリアーナはその温もりに安堵し、再び闇に落ちていった。
目が覚めたとき、部屋は静かだった。窓の外は暗く、月明かりがカーテンの隙間から差し込んでいる。リリアーナは体を起こそうとして、腕の痛みに顔をしかめた。包帯が巻かれた腕は、まだじんじんと痛む。
「目が覚めたか」
声のする方を見ると、エリアスが窓辺の椅子に座っていた。彼は書類を手にしていたが、リリアーナが目を覚ましたのを見て、それを置いた。
「公爵閣下…。私、どれほど眠っていたのでしょう」
「半日ほどだ。まだ夜明け前だ」
エリアスは立ち上がり、ベッドに近づいた。その表情はいつものように無表情だったが、目元には疲労の色が見えた。
「無理を言うな。お前はまだ休んでいろ」
リリアーナはベッドに横たわったまま、エリアスを見上げた。彼は一晩中、ここにいたのだろうか。その事実が、胸に温かいものを広げる。
しかし、同時に罪悪感も湧き上がる。自分のせいで、公爵に負担をかけている。
「公爵閣下、お気遣いありがとうございます。ですが、私は…」
リリアーナは言葉を切った。言いたいことが言えない。
エリアスは彼女の言葉を待つように、黙って立っていた。
リリアーナは意を決して、口を開いた。
「公爵閣下。私では、もう役に立てないかもしれません」
エリアスの眉がわずかに動いた。
「どういう意味だ」
「今回の使い魔の件で、よく分かりました。私の力は、あのような相手には通用しません。それに、力を使うたびに消耗が激しくなっています。このままでは、公爵閣下の足手まといになるだけです」
リリアーナは自分の言葉に、胸が締め付けられる思いだった。しかし、これが正直な気持ちだった。
「だから、契約の解消を…」
「断る」
エリアスの声は、冷たく、しかし明確だった。リリアーナは驚いて彼を見つめた。
「ですが、公爵閣下…」
「お前は、自分が何を言っているのか分かっているのか?」
エリアスはベッドの縁に腰を下ろし、リリアーナの目をまっすぐに見た。
「お前は、鉱山で鉱夫たちを救った。あの時、お前が聖水を使わなければ、彼らは死んでいたかもしれない。お前の力は、確かに役に立っている」
「でも、私は…」
「お前は、自分の力を過小評価している」
エリアスの言葉に、リリアーナは唇を噛んだ。彼の言うことは、もっともだった。しかし、自分の力の限界を感じているのも事実だった。
「私は、もっと強くなりたいんです。でも、どうすればいいのか分からなくて…」
リリアーナの声は震えていた。エリアスはしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「お前は、もう十分強い。だが、もし強くなりたいというのなら、俺が手伝ってやる」
「え?」
「俺は、お前の力を買った。お前が弱いと思ったからではない。お前の力が必要だからだ。だから、お前が弱音を吐くのは許さない」
エリアスの言葉は厳しかったが、その目は優しかった。リリアーナはそのギャップに戸惑いながらも、心が温かくなるのを感じた。
「ですが、私は…」
「お前は、俺の妻だ」
エリアスはそう言って、リリアーナの手を握った。その手は大きく、温かかった。
「契約だからといって、お前を道具として扱うつもりはない。お前は、俺の領地に必要な存在だ。そして、俺にとっても…」
エリアスは言葉を切った。何かを言いかけて、やめたようだった。
リリアーナはその言葉の続きが気になったが、無理に聞き出すことはできなかった。ただ、彼の手の温もりが、心に染みた。
「もう、契約の解消を申し出るな。お前はここにいていいんだ」
エリアスの言葉に、リリアーナは涙が溢れそうになった。彼に必要とされている。そのことが、何よりも嬉しかった。
「はい…」
リリアーナは小さくうなずいた。エリアスは彼女の手を離し、立ち上がった。
「ゆっくり休め。明日から、また仕事がある」
エリアスが部屋を出て行こうとしたとき、リリアーナは彼の背中に声をかけた。
「公爵閣下」
エリアスが振り返る。
「ありがとうございます」
リリアーナの言葉に、エリアスはわずかに口元を緩めた。それは、彼の表情としては珍しいものだった。
「…ああ」
エリアスはそう言って、部屋を出て行った。リリアーナは一人残され、彼の言葉を反芻した。
「お前は、俺の妻だ」
その言葉が、心に深く刻まれた。
翌朝、リリアーナは目を覚ますと、体が少し軽くなっているのを感じた。腕の痛みも和らいでいる。彼女はベッドを起き上がり、窓の外を見た。朝日が差し込み、庭の花々が輝いている。
「今日から、また頑張ろう」
リリアーナはそうつぶやき、身支度を整えた。部屋を出ると、廊下でエリアスと出会った。
「おはようございます、公爵閣下」
「ああ、おはよう。体調はどうだ?」
「おかげさまで、だいぶ良くなりました」
エリアスはリリアーナの顔をじっと見つめ、安心したようにうなずいた。
「そうか。今日は無理をするなよ」
「はい」
二人は並んで歩き出した。リリアーナは、エリアスの隣にいることが自然に感じられた。昨日の出来事が、二人の距離を縮めたのかもしれない。
朝食の席で、エリアスはリリアーナに話しかけた。
「今日の予定だが、午前中は領地の視察に行く。お前も来るか?」
「はい、ぜひ」
リリアーナは即答した。自分の力が役立つなら、使いたい。
「ただし、無理はするなよ」
「分かっています」
エリアスはリリアーナの言葉に、わずかに微笑んだ。その表情に、リリアーナは心臓が高鳴るのを感じた。
視察の馬車の中で、リリアーナはエリアスに尋ねた。
「公爵閣下は、なぜ私を買ったのですか?」
エリアスは窓の外を見ていたが、ゆっくりとリリアーナに向き直った。
「お前の力が必要だったからだ」
「それだけですか?」
「…それだけだ」
エリアスの答えは簡潔だったが、リリアーナはその言葉の裏に何かを感じた。彼は何かを隠している。しかし、無理に聞き出すことはできなかった。
「私は、公爵閣下のお役に立ちたいです」
リリアーナはそう言った。エリアスは少し驚いたように目を見開いたが、すぐに優しい目をした。
「ああ、頼りにしている」
その言葉に、リリアーナは胸が熱くなった。彼に認められたことが、何よりもうれしかった。
視察を終えて公爵邸に戻ると、エリアスは執務室に向かった。リリアーナは自室で休んでいたが、夕方になって、エリアスが部屋を訪ねてきた。
「リリアーナ、少し話がある」
エリアスの表情は、いつもより硬かった。リリアーナは緊張して、彼を見上げた。
「何でしょうか?」
「…お前を、もう二度と危険な目に合わせたくない」
エリアスはそう言って、リリアーナを抱きしめた。突然のことに、リリアーナは体を硬くした。
「公爵閣下…?」
「お前が傷つくのを見るのは、耐えられない」
エリアスの声は、かすかに震えていた。リリアーナはその言葉に、涙が溢れそうになった。
「私もです。公爵閣下が傷つくのは、嫌です」
リリアーナはそう言って、エリアスの背中に手を回した。彼の温もりが、心に染みる。
「もう、離さない」
エリアスはリリアーナの耳元で囁いた。その言葉に、リリアーナは安心感で包まれた。
「はい」
リリアーナは小さくうなずいた。二人はしばらく、抱き合ったまま動かなかった。
エリアスの腕の中にいることが、こんなにも安心するなんて。リリアーナは彼の胸に顔を埋め、目を閉じた。
「公爵閣下…」
「エリアスでいい」
リリアーナは驚いて顔を上げた。エリアスは優しい目で彼女を見つめていた。
「エリアス…」
リリアーナがそう呼ぶと、エリアスは満足そうに微笑んだ。
「ああ」
その瞬間、リリアーナの心に、強い感情が芽生えた。この人と、ずっと一緒にいたい。
エリアスはリリアーナの髪を撫でながら、低い声で囁いた。
公爵はリリアーナを抱きしめ、「もう二度と離さない」と囁き、二人の関係が大きく進展する。






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