📖 捨てられた聖女は冷徹公爵の契約婚約者となり、偽りの恋で王国を救う
追放と契約・代償
馬車の揺れが、リリアの心のざわめきを増幅させる。窓の外には、王都の華やかな街並みが遠ざかり、代わりに荒涼とした大地が広がっていた。数日前まで、彼女はこの国の聖女として、人々の祈りを集め、祝福を授ける存在だった。しかし今は、その力も、婚約者だった王子の愛も、すべてを失った。
「まさか、私がこんな形で追放されるなんてね」
リリアは自分の手を見つめる。かつては淡い光を放っていたその手は、今はただの白い肌をしている。聖女の力は、セシリアに奪われた。彼女はかつての友人でありながら、リリアを貶めるために陰謀を巡らせ、王子の心をも奪った。
「復讐してやる……必ず」
リリアは強く拳を握りしめた。しかし、その決意とは裏腹に、心の奥底では孤独と不安が渦巻いていた。彼女は幼い頃から聖女として利用され、愛された経験がない。誰も彼女の本当の姿を見てはくれなかった。
馬車がゆっくりと止まる。窓の外には、古びた城がそびえ立っていた。アシュフォード公爵領の古城。これから彼女が暮らす場所だ。
リリアは深く息を吸い込み、馬車から降りた。冷たい風が頬を撫でる。目の前には、重厚な扉が待ち構えていた。
応接間は、薄暗く重苦しい雰囲気だった。暖炉の火がパチパチと音を立てるが、部屋全体を温めるには至らない。リリアは、正面に座るユリウス・アシュフォード公爵をじっと見つめた。彼は冷徹な表情を浮かべ、こちらを値踏みするように見つめている。
「クローフォード辺境伯令嬢、リリア・クローフォード。本日より、この領地で暮らすことになる」
ユリウスの声は、感情を感じさせないほど平坦だった。リリアはわずかに眉をひそめる。彼の態度は、まるで自分が厄介者であるかのようだ。
「ええ、そうみたいね。でも、ただ無為に過ごすつもりはないわ」
リリアは、あえて挑戦的な笑みを浮かべた。ユリウスはわずかに目を細める。
「ほう、何をするつもりだ?」
「私は聖女の力を失った。でも、古代魔法の知識はまだ残っている。あなたの役に立てるかもしれないわ」
リリアは、持参した書物をテーブルに置いた。それは、古代魔法に関する貴重な文献だった。ユリウスはそれを一瞥し、冷たい声で言った。
「ふん、失った力の代わりに、知識で食いつこうというのか。だが、その知識が本物かどうか、疑わしいな」
「疑うなら、試してみればいいわ。私は辺境での自由な研究と生活の保障を求める。それと引き換えに、私の知識を提供する」
リリアは、自分の要求を明確に伝えた。ユリウスはしばらく沈黙し、彼女を観察していた。やがて、彼は口を開いた。
「面白い。だが、お前はまだ聖女の力に未練があるように見える。その未練が、研究の妨げになるのではないか?」
ユリウスの言葉は、リリアの心の奥底を突いた。彼女は確かに、失った力への未練を抱えている。しかし、それを指摘されると、反発したくなる。
「未練?そんなもの、捨てたわ。私はもう、あの頃の私じゃない」
リリアは、強い口調で言い放った。しかし、ユリウスは微かに嘲笑うように口元を歪めた。
「その割には、目が揺れているな。本当に捨てたのなら、なぜそんなに強く否定する?」
ユリウスの指摘に、リリアは言葉を失った。彼の観察力は鋭い。彼女は、自分がまだ過去に囚われていることを認めざるを得なかった。
「……あなたに私の心がわかるの?」
「わからない。だが、お前の態度が、未練を物語っている」
ユリウスは立ち上がり、窓の外を見つめた。夕日が彼の横顔を照らし、その表情は影に隠れて見えない。
「契約を結ぼう。お前の知識を提供する代わりに、この城での自由な研究と生活を保障する。ただし、お前の行動はすべて私が監視する」
「監視?それはないんじゃない?」
「お前は聖女だった。今はその力を失ったとはいえ、危険な存在だ。監視は当然だ」
ユリウスの冷徹な態度に、リリアは唇を噛んだ。しかし、彼の提案を受け入れなければ、辺境で生きていく術はない。
「……わかったわ。でも、条件がある。私の研究を邪魔しないこと。それと、私の過去について詮索しないこと」
「過去?何か隠していることがあるのか?」
「それは私のプライバシーよ。あなたに関係ない」
リリアは、ユリウスの問いをはっきりと拒否した。彼は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに元の冷たい表情に戻った。
「好きにしろ。だが、契約は契約だ。違反したら、ただでは済まさない」
ユリウスはそう言うと、机の上に書類を広げた。契約書のようだ。リリアはそれに目を通し、署名をした。
「これで、私はあなたの契約婚約者ね。偽りの恋で王国を救うってわけ?」
「その通りだ。お前の知識と、私の権力で、この国を内乱から救う。それが目的だ」
ユリウスは淡々と言った。リリアは、彼の本心を探ろうとしたが、その表情からは何も読み取れない。
契約書に署名を終え、リリアは一息ついた。これで、辺境での生活が保障された。しかし、ユリウスの真意はまだわからない。彼は本当に王国を救うために私と契約したのか?それとも、別の目的があるのか?
リリアは、ユリウスを観察するために、さりげなく彼の様子をうかがった。彼は書類を片付け、立ち上がろうとした。その時、リリアの目に、彼の胸元に光るものが映った。
それは、彼女が幼少期になくしたペンダントだった。
リリアは、息をのんだ。あのペンダントは、母からもらった大切なものだ。なくした時は、泣きながら探したが、見つからなかった。なぜ、ユリウスがそれを持っているのか?
「……そのペンダント」
リリアは、思わず声を発していた。ユリウスは、自分の胸元に手を当て、怪訝な表情を浮かべた。
「何だ?」
「いえ、何でもない。ただ、綺麗だと思って」
リリアは、慌てて言葉を濁した。しかし、心臓は高鳴っていた。ユリウスがこのペンダントを持っているということは、彼が自分の過去を知る人物かもしれない。もしかすると、彼が幼少期に自分を助けてくれた恩人なのか?
しかし、ユリウスはそれを教えてくれる様子はない。彼はペンダントを服の下にしまい、冷たい声で言った。
「部屋は用意してある。案内させよう」
「ええ、ありがとう」
リリアは、ユリウスに従い、部屋を出た。彼の背中を見つめながら、彼女は思った。
(なぜ、あなたがそれを持っているの?あなたは一体、何を知っているの?)
リリアの心に、新たな疑問が生まれた。ユリウスは、単なる冷徹な公爵ではないのかもしれない。彼は、何かを隠している。
その夜、リリアは自分の部屋で、ペンダントのことを考えていた。あのペンダントは、母の形見だ。ユリウスが持っているということは、彼が母と何か関係があるのか?それとも、彼が幼少期に自分を助けてくれた人物なのか?
しかし、ユリウスは何も語ろうとしない。彼は、自分の過去を明かすつもりはないようだ。
「一体、あなたは何者なの?」
リリアは、窓の外に広がる星空を見上げながら、つぶやいた。彼女の心は、ユリウスへの疑念と、そして少しの期待で揺れていた。
翌朝、リリアは城の廊下を歩いていた。昨夜のペンダントのことが頭から離れない。ユリウスに直接尋ねるべきか、それとも自分で調べるべきか。
考え込んでいると、前方からユリウスが歩いてくるのが見えた。彼は相変わらず冷たい表情を浮かべている。リリアは、思い切って声をかけようとした。
「おはようございます、公爵様」
「ああ」
ユリウスは、素っ気なく返事をした。リリアは、そのまま彼の胸元を見つめた。しかし、ペンダントは見えない。服の下に隠しているようだ。
「あの、昨日のペンダントのことですが……」
リリアが言いかけると、ユリウスは足を止めた。彼は、リリアを鋭い目で見つめた。
「何か?」
「いえ、その……どこで手に入れたのか、気になって」
リリアは、勇気を振り絞って尋ねた。ユリウスは、しばらく沈黙した後、口を開いた。
「それは、私のものだ」
「え?」
「幼い頃に、ある人からもらったものだ」
ユリウスは、それだけ言うと、再び歩き出した。リリアは、その場に立ち尽くした。
(ある人?もしかして、私の母?それとも……)
リリアの心に、さらなる疑問が湧き上がる。ユリウスは、自分の過去を明かすつもりはないようだ。しかし、彼がこのペンダントを持っているということは、彼が自分の過去と深く関わっていることは間違いない。
リリアは、ユリウスの背中を見つめながら、決意を固めた。
(必ず、真実を暴いてみせる)
リリアは公爵の胸元に、幼少期になくした自分のペンダントがあるのを目撃し、驚愕する






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